シンガポールで出会った彼の素顔
「ベンツで迎えに来てくれる人、見つけた」
シンガポールで働き始めた友人AからLINEが来たのは、1ヶ月前のことだった。
夢見る乙女
恵比寿のガーデンプレイスでイケメンからナンパされる妄想にふける友人Aは、大ヒット映画『Crazy Rich Asians』で描かれたシンガポールの超富裕層達の暮らしぶりを見て、すぐその虜になった。
「私、シンガポールでクレイジーリッチになる!」
そう決めるや否や、当時の仕事を早々に退職して、シンガポールの日系企業へ就職。
気持ちいいほどの有言実行ぶりで、見事シンガポールライフをスタートさせたのである。
ベンツに乗った王子様現る
そんな彼女からLINEが来たのは、1ヶ月前のことだった。
「見つけた!ベンツのオープンカーで迎えに来てくれる男の人!」
その彼とは、出会い系アプリTinderで出会ったという。
送られてきた写真に写るのは、体操選手を思わせる屈強な肉体と、アンバランスなほどさわやかな笑顔がキュートなアジア人男性。
なんと、大手銀行に勤めるエリート金融マンらしい。
「素敵な人だけど、大丈夫なの…?」
「彼がね、Tinderには危ない人しかいないけど、自分は違うよって言ってた」
まずこの発言自体が相当危ないことはさておき、見た目も悪くないし、収入だってそこそこある。なんせベンツのオープンカーを乗りこなすくらいだ。女性に困っているようには到底思えない。逆に言えば、Tinderを利用する目的が、純粋な恋人探しであるとはとても思えなかった。
This is my life
出勤前はカフェでコーヒーを飲んでヨガをする、という彼は、健康にもかなり気を遣っている様子。
最初のデートでは、アボカドエッグサンドを満足気に食べ、好きなものはチーズとトリュフとワイン。
まるでイマドキおしゃれ女子という感じだが、優雅で健康的な自分のライフスタイルを紹介すると必ず最後に、
「This is my life」
というのが口癖だという。
土曜日はお昼頃に起きてスクランブルエッグの朝食。土日はカフェで読書をし、日曜日は日本語の勉強にいそしむ。
友人Aとも日本語で会話しているらしい。
年齢は33歳で、いつでも結婚できるから、逆に焦っていないというのも、あながち嘘ではなさそうだった。
シンガポール都市伝説の崩壊
「シンガポールの人って宗教があるから、結婚するまではお互い貞操を守るんだって」
これが嘘だとわかるまで、そんなに時間はかからなかった。
4度目のデートで自宅に誘われた友人Aは、若い女性を襲って食べる猟奇的な殺人鬼のホラー映画を見せられた後にもかかわらず、自然とそういう流れになったという。
「どうしよう、軽い奴と思われたかな。それにしても、付き合ってるって、どうやってわかるの?確かめようにも、なんて聞けばいいのか」
やはり相手はTinderで出会った男。4回デートしたとはいっても、結局遊ぶ相手を探していたに過ぎなかったのか、という考えが友人Aの頭をよぎったのも無理はなかった。
予想外の展開
「ちょっと見て」
と友人Aから送られてきた写真を見て驚いた。
例の彼が、Tinderのアカウントを削除していたのだ。
「これって私に出会ったから、もう女の人探さなくていいってことかな?実は今日も一緒に勉強したの!」
内心信じられなかったが、予想が裏切られ、友人Aが本当の王子様と巡り会えたのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。
その後も、彼らは順調にデートを重ね、ツーショットの写真や、お洒落なレストランでのデートなど、まさに絵に描いたリア充ライフを送っているようだった。
天国から地獄へ
事の発端は、彼が誤って友人Aのカバンに彼のパスポートを入れてしまったことだった。
「彼、マレーシアで浮気してるかも」
友人Aは、彼がガソリンとマッサージのため、度々隣国マレーシアを訪れていることは知っていたが、日帰りだと聞いていた。
それが、パスポートで確認すると、直近2回も泊まりで渡航していたというのだ。
「どうして嘘ついたのかな。やっぱ女だよね?」
不安になる友人Aだったが、彼に確認するとあっさり否定。
それどころか、
「君っていう彼女がいるのに、なんで他の人と付き合うの?」
と、まさかの彼女公認発言で、浮気を疑っていた時から一転、天国→地獄→天国という形で、最高のオチを迎えたわけである。
本当のオチはそこからだった
「…別れた」
友人AからLINEが来たのは、シンガポールの現地時間午前2時頃のことだった。
こちらが驚いたのは言うまでもない。
「何があったの?」
「最近忙しかったから、お詫びも兼ねてって高級レストランに連れて行ってくれたんだけど…」
いつも通りの完璧なデート。
それが、彼の家に戻って、2人でムエタイごっこをした後、彼のこの質問から始まった。
「そういえば、来週の週末ムエタイの試合があるんだ。よかったら見においでよ」
もちろん見に行きたい友人Aだったが、その週は日本から友人が遊びに来ることになっていた。
「あ…ごめん、日本から友達が来るから会えない」
『会えない』という言葉を聞いた瞬間、彼が豹変する。
「おい、会えないってどういうことだよ?!なんで会えないって決めるんだよ!!」
「隠したくないから言うけど、その友達男の子で…」
「なんで普段は何も関わりない友達がシンガポールに来たってだけで、そいつにそんなに時間を割くんだよ。俺だって忙しいのに、こうして時間作ってレストラン連れて行ったりしてるだろ。なんで彼氏より友人を優先するんだよ」
「そういうつもりじゃないよ!その週は週末は難しいから平日に会いたいと思ってたし」
「もういい。別れる」
「…え?」
「今から15分以内に荷物まとめて帰って。タクシー呼んどくから」
「え、でも、やだよ、こんな…」
「うるせーな!とっとと失せろよ!!」
こうして、わけもわからないまま、急に別れを切り出されてしまったのである。
実はとんでもないキレ男だった
前から、キレやすいと言っていた彼。
ベンツのフロントガラスに入ったヒビについて聞くと、
「高級車持ってるから調子に乗ってるって絡まれた時に、その相手をフロントガラスに思い切りたたきつけたら割れちゃったんだよね」
柔道とムエタイで鍛え上げられた身体を見ると、冗談で言っているのではなさそうだった。
今回も、友人Aの『会えない』発言に激怒すると、全く取り合ってくれなくなり、彼女が何か話そうとすると、1分で話せ、と高圧的な態度をとってきたという。
何が原因だったのか
そもそも相手に合わせられない人だった
銀行マンかつスポーツマン。ベンツのオープンカーに乗り、ステキなレストランに連れて行ってくれ、日曜日はスーパーで食料品まで買ってくれる。
こちらが居心地が悪くなるくらいの完璧ぶりだが、思い返せば、いつも向こうが決めたことに従うデートだった。
「ピザとカレー、どっちがいい?」
「うーん、ピザかな?」
「ピザは美味しいけど、野菜食べたいから、カレーにしようか」
常に自分の考えがあり、思い通りにいかないと途端に怒り出すのである。
王子様だと思っていたのは、実は『俺は王様』男だった
こうして、ベンツの王子様というマスクを被ったマッドキングとの甘い生活は一旦終止符を打つこととなった。
豪華なデートや彼のステキな笑顔を思い返せば、少し残念な気もするが、自分がベンツのフロントガラスに叩きつけられてから後悔するよりはマシだ。
比較的早い段階で、完璧な彼の本当の素顔がわかっただけよかったのかもしれない。
何はともあれ、彼が結婚していない理由がようやくわかった友人Aなのであった。
※この話は、友人Aの了解を得た上で掲載しております。